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第2期生感想

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S.K. 高知 26歳
誰もが既存の社会に多かれ少なかれ疑問を感じていることが改めて確認された。私たちが問題だと捉えている多くの現象が、「わたし」が「わたし」でいられないこと、「わたしたち」の本性の理解の屈折や対話の不十分さから生じていることがわかった。コースを受講して、既存の社会を生き延びるために作られた「わたし」と向き合うことや本当の「わたし」との対話を行うことができたので、今後も継続して続け平和な社会の実現を目指していきたいと強く思った。

R.M. 愛知 21歳
4泊5日過ごす中で、自分が今まで「がんばる」が当たり前になっていて何重ものベールをかぶっていることを知ることができました。ガイヤユースのメンバーが私の目にはどんどん気づきや自分の思い込みからの解放、言葉にエネルギーが込もっていることに、人はこんなに変わっていくんだ、すごいなと思う反面、自分は場に溶け込んだという瞬間があっても、一歩ひいている自分がいたり、人の目線が怖くて、うまくまとまっていない言葉でも聞いて受け止めてくれるメンバーたちなのに、怖い、自分のこと話すの億劫だ、私の話なんて聞いてもつまらないんじゃないかと自分の思いをポンと口にすることにビクビクしている自分や、かけられる言葉を素直に受け取れない、喜べない、自責でいっぱいの自分がいました。私の心は健康になりたがっていて、自責や相手の言葉を屈折して受け止めてしまう自分が当たり前になりすぎて、とても辛かったんだと少しだけ心がゆるんだ自分を発見できました。ガイヤユースであったみんなのことを私はまだ完全に「大好き」や「心を緩めている」と言えない、信頼することにセーブをかけている自分がいるけれど、自分の心を健康にしていくプロセスの中で、「等身大の私として関わりたい」、「みんなのことを知りたいし知ってほしい少しずつ」と思える人たちに出会えたことが本当に来てよかったなとおもいました。

T.S. 神奈川 23歳
“平和は自分の内からしか始まらない。
ひとりではわからないこと、見つからないことがある。
そのために人がいて、社会がある。
人との対話。
ただそれだけで、今までの歪んだ認知が変わっていく。
憎悪や、嫉妬、怒り。
自分を苦しめていた感情がどこかへ行ってしまう感覚。
あれ、なんで僕は今こんな言葉を発しているんだろう。
傷つけたくないのに傷つけてしまう。
悲しめたくないのに悲しめてしまう。
ずっとわからなかった自分の行動。
ずっとずっと考えていた。
けど、必要なのは思考ではなく、対話だった。
人と話して、泣いて笑って。
それだけで平和は訪れる。

吉田美理 兵庫 16歳
話すときに人の評価をすごく気にしていて「いいこと言わなあかん!」とか、「この表現でみんなな理解できるかな」とか正解を探していた。それが自分を縛っていて探究したくないに繋がったのかなと思った。

赤塚琳 新潟 21歳
これまで自分は、「(自分も含めて)人がどうやったら自分の全てを余すことなく感じ、正直に自分の力を発揮しきることができるんだろうか」「どうやったら人と深いところで繋がれるんだろうか」といったことを探究して、たくさん学んで、動いて、頑張ってきました。でもこの合宿の中で「頑張らない方が人と深く繋がれるかもしれない」という風に思っていきました。自分が学んで身につけたことを使って人と繋がろうとするんじゃなくて、自分の中のブロックを外して、緩んでいくことで人と繋がっていくことの可能性を強く感じました。

S.W. 東京 25歳
“自分の心の声にもっと耳を傾けようと思いました。まずは自分の中の調和を取りたい。
今まで、どう他人を変えたらいいか、どう社会を変えたらいいかを考えてきたのですが、今回の体験を経て、それが少し変わりました。まずは自分から。自分を変え、自分が変われば、自分と人との関係も変わり、そうやって社会も変わっていくのだろうなという実感ができたのだと思います。”

鎌田健利 東京 26歳
“参加者もスタッフも、ガイアユースにいた一人一人が本音を言い合い、聴き合える間柄、そしてそれをつくるための安心できる場を本当に願っていることが伝わってきた。初日、二日目、と日を追うごとにもっともっと伝わってきた。みんなも本気なんだっていうのを感じて、僕は安心して、もっと奥の方までみてみたい、そこにあるものを出し合いたいと思うようになった。誤解を恐れない真っ直ぐな言葉を聞き、それに響く自分の心に気付く度、取れたと思っていた鎧の中に、さらに鎧があったことがわかった。「まだまだあるんだな」とわかると、もっと脱ぎたい!と思うようになった。
今印象に残っているのは、りのちゃんが最後にかけて言っていた言葉。「まだ、みんな大好き!ってはっきりと言えない自分がいる」涙を流しながらそう言っていた彼女をみて、本当に素敵だなって思った。僕はすぐに、自分なりに身体で覚えたつもりのアズワンっぽさを模倣したような言動を選んだり「ここは、あたたかい場所。そういう自分でいなきゃ」って無意識のうちに言い聞かせたりしちゃう。気づきもしなかったけど、それは少しばかり無理した調和を取ろうとしていたのかもしれない。
「こう思ってほしい/思われたい」みたいな考えのもとで発言したり、頷いたりしてたこともあったかな。えんになって、みんなと対話していく中で、どんな声にもただありのままの反応があるだけだなっていうのを感じて、安心するようになった。共鳴している人もピンときていない人もいそうだけど、その自由で素直な反応をする輪がまるでひとつの生き物として息をしているような感じがして、心地よかった。”

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